ゴルフスイングにおいてグリップは身体とクラブを唯一つなぐ接点であり、その握り方がパフォーマンスや怪我の予防に直結する重要な要素です。特に解剖学的に最も安定し力を発揮しやすいとされる「機能的肢位(functional position)」を手の位置の基準とすることで、無理のない動作と効率的な力の伝達が可能になります。
手の機能的肢位とは前腕が中間位(回内と回外の中間)にあり、手関節がわずかに背屈(手の甲側に反る)し、橈屈(親指側へ倒れる)した状態です。さらに中手指節関節(MP関節)が軽度屈曲し、手指の関節が全体として柔らかく曲がった、いわば「何かを自然に握ろうとしたときの形」が機能的肢位とされています。この姿勢は筋の張力と腱の走行が最も効率的となり、握力や巧緻性のパフォーマンスが最大化されることが、リハビリテーションや作業療法の分野でも広く認められています(Zafonte.2004)。
ゴルフにおいてこの手の機能的肢位が最も活かされるのが、いわゆる「ニュートラルグリップ」です。ニュートラルグリップとは両手の手首が自然な位置に保たれ、クラブフェースとの相対角がニュートラル(スクエア)な状態で握るグリップ法です。このグリップでは手関節の余計な過伸展や過屈曲、回内・回外が起こりにくく、インパクト時のフェースのコントロールや方向性の安定に寄与すると言われています。
さらにグリップにおける「圧力の分布」も手の機能的肢位と密接な関係があります。ゴルフ研究においては、握力が過剰または不均等に分布することで、手関節のアライメントが崩れやすくなり、スイング中のパワー伝達効率が下がることが報告されています(Tinmark.2010)。特に右利きのプレイヤーにとって、左手(非利き手)でクラブを“支える”意識と、右手(利き手)で“導く”意識のバランスが重要であり、この2つの手が機能的肢位を保ちながら調和することで、最もスムーズなクラブのリリースと正確なインパクトが実現されます。
一方でストロンググリップやウィークグリップといった、より手の回内・回外を強調した握り方も多くのプレイヤーに支持されています。これらはスイングプレーンの特性や個人の身体的特徴に合わせて調整されるべきものですが、機能的肢位から大きく逸脱すると前腕の緊張や尺側偏位、腱鞘炎といった手関節障害のリスクを高める可能性があります。特にアマチュアプレイヤーにおいては、極端なグリップが意図せぬスイングのミスや慢性的な手首の負担につながるケースが少なくありません。
したがって効果的なグリップ法を考える際には、まず手の機能的肢位を理解し、その姿勢をなるべく保った状態でクラブを握ることが基本になります。そのうえで自身のスイング特性や柔軟性、スイングスピードなどを考慮し、ニュートラルを基準にストロングやウィークへと調整していくアプローチが理想的です。
また近年ではモーションキャプチャやグリップ圧測定センサーを用いた研究により、スイング中の手のポジションや圧力変化が精密に解析されつつあります。たとえば、Scott(2021)の研究では、上級者のグリップではスイング全体を通して手関節の角度変化が小さく、常に“安定した”機能的ポジションが維持されていたことが報告されており、これがインパクトの正確性と球筋の一貫性に関係していると示唆されています。
ゴルフスイングにおけるグリップは単なる「握り方」ではなく、手の機能的肢位を基礎とした“動的な支持構造”として考える必要があります。この原則を理解することで、より安定したスイング、飛距離と方向性の向上、そして障害予防が可能になります。自身の身体感覚とスイングスタイルに合わせて、解剖学的理想に基づくグリップの探求をぜひ継続していただきたいと思います。